強火オタクと2人サミット〜7人の大我くんを添えて〜

友だちと2人、一泊の旅行に行ってきた。

彼女、Kとは中学高校が一緒で、もうかれこれ18年の付き合いになる。中高とエスカレーターの女子校で6年間、吹奏楽部で一緒にホルンを吹いていた。彼女とはとても馬が合い、学生生活がはるか昔となった今もこうして仲良くしていて、数年前のわたしの結婚式では友人代表のスピーチもしてもらった。まさに21。読み方がわからない人は、周りのアラサー女性に聞いてみよう。

 

さてこのKが、オタクである。

かなりの、強火オタクである。

 

彼女は中一で出会った時から某ジャニーズアイドルの熱心なファンで、高校を卒業するまでその熱は変わらなかった。大学在学中は彼の舞台等に熱心に通いながらも、その愛は徐々に別のジャニーズJr.氏にも広がり、京都を旅行した時に彼の訪れた神社を参拝したこともある。同時にジャニーズ以外の俳優を推しつつ、観劇そのものにもハマって帝国劇場近辺を庭にしていた。社会人になってからは、時間とお金のかけ方も激しくなり、この頃ようやくわたしは「どうやらKはわたしなんかでは全く理解できないレベルのオタクだぞ」と気づき始めた。以前「これまでオタ活にいくら使った?」と聞いてみたけれど「考えたら負け」とだけ言われて教えてくれなかった。

 

この彼女の寵愛を今一身に受けるのがSixTONES京本大我氏だ。

「この度推しが増えました、SixTONES京本大我くんです」と聞いたのが去年。で、今年行われた全国ツアーでは一箇所を除いて全ての都市で参戦していた。エンジンをかけた瞬間から、アクセルベタ踏みである。「今週末は仙台で来週は北海道」「名古屋は落選したんだけどチケットはギリギリまで探す」みたいなことを言っていて、この時点でわたしなんかはもう、息を飲んでいる(しかも名古屋のチケットも実際に手に入れていた)。余談だけれどこのツアー中、彼女が泊まりに来てくれる予定があったのに、わたしが体調を崩して叶わなかった。ツアーについて「全部内容一緒でしょ」と暴言を吐いた罰が当たったんだと思っている。

 

そんな長年の友だちとの旅行も約2年半ぶり。旅先の候補は幾つかあったけど、どちらからともなく言い出した「サミットしよ2人でw」が決定打となり、広島に行くことになった。何を隠そう2人で広島に行くのは、これで4回目である。4回目ともなればツウな楽しみ方の一つや二つ見つけていて当然、くらいなものだが、わたしとKは今回も初めて訪れた時と全く同じテンションで厳島神社に感動し、鹿を愛で、揚げもみじを食べ、牡蠣を食べ、もみじ饅頭をお土産に買った。修学旅行生か?

なんにせよ彼女との久しぶりの旅行、前回は妊娠発覚直前だったことも思い出されて感慨深い。そう思っていたらKは「オタ活じゃない旅行、久しぶりすぎてよくわかんない」と全く共感できない感慨にふけっていて面白かった。

 

さて広島駅で腹ごしらえをし、電車と船に揺られてやってきた宮島。宿に着いて早々、Kが言う。

「大我くん連れてきたの、あそこに入ってるから、後で見てくれる?」

 

わたしが彼女の白いスーツケースをまじまじと見ながら「今すぐ通報?あとで隙を見て通報?」と迷っていると「違う違う、アクスタ!」と言われる。アクスタ!わたしでもその文化は知っている。パフェの横に佇んでいるのをインスタでよく目にする。アルコール消毒するとただのアクリル板になっちゃうんでしょ、バズってたの見たよ。やってみてもいい?いいわけない。そんなことを言いながらKがポーチから出した京本大我氏、予想外に7人いたので爆笑してしまった。

 

ジャケットの裏地(赤)を見せる大我くん、民族衣装のような複雑な作りの服を着ている大我くん、Tシャツにジーパンのラフな大我くん、ジャケットの裏地(花柄)を見せる大我くん。総勢7名の大我くんを前にわたしは一言「思ったより小さいんだね」と言った。今思うと0点の感想である。興味本位で若い順に並べてもらったら、最後の1人だけスーツで、神妙な面持ちをしている。謝罪会見?と聞いたら、Eテレの番組の衣装だった。

 

一息ついた後、大聖院というお寺を目指すことにした。Kは最近御朱印趣味を始めたらしく、その大聖院の御朱印は切り絵が使われたとても美しいものだという。ネットで見たら確かに綺麗だった。が、よくよく聞いたら御朱印集めも大我くんの影響で、御朱印帳も大我くんとお揃いの、京都は南禅寺にて購入したものらしい。道理でKの趣味らしからぬ、いかつい虎が表紙にいると思った。そして我々が目指す大聖院も、彼が行ったから向かっているのだという。オタ活の旅行やないかい。

 

宿を出る前、「できるだけ荷物を減らしたい」と頭を悩ませるKだったが、7人の大我くんは連れて行くらしい。「1人だけ連れて行けばいいんじゃないの?」と言ったら「残りの大我くんがかわいそうだから」と言われた。ノコリノタイガクンガカワイソウダカラ?

 

満を持してやってきた大聖院は、もう夕方ということもあって程よく空いており、件の切り絵御朱印もスムーズにもらうことができた。Kの手によって、お寺の門に向けて、7人の大我くんが扇状に広げられる。同じ手で、もらったばかりのご朱印を背景にして。もう片方の手は撮影のためにスマホを構えているわけで、オタクってみんなこんなに器用なのか。「倒した相手を扇の一部にして戦う悪役みたい」と言ったら、ちょっとウケた。

 

と、ここで本来の最終目的地(京本大我氏が以前訪れたという意味で)である霊火堂へ行くにはちょっとした登山が必要だということが発覚。時間も装備も心の準備も足りないので、断念せざるを得なかった。踵を返して宮島の海岸へ戻る途中、Kが霊火堂の謂れを教えてくれた。そこにある「消えずの火」は、1000年以上前の高僧が修行した時の火で、以来消えずに燃え続けているらしい。言われてみれば当然だが、毎日不寝番を置いて、油を絶やさないようにしているそうだ。「これが、「油断」の語源なんだよ」。

不意打ちで一つ賢くなった。

 

ところで、御朱印をもらう時彼女が取り出したカードケースが、COACHのレキシー(恐竜のデザイン)だった。御朱印帳の虎と同様、Kの好きそうなモチーフだとは思えず「COACH好きだっけ?」と聞いたら、昨年のホリデーシーズンの商品で、広告塔が京本大我氏だったらしい。「広告出た日、たまたま仕事休みで買いに行った」。意味がわかるようでわからない。文章の前半と後半、繋がってるか?そんなに広告効果の出方が過激で、副作用はないのか。本当に彼女を構成する全て、どこを突いても京本大我氏が顔を出すので驚く。

 

その晩は回らない寿司をカウンターで食べて、宿に帰って大浴場の温泉に浸かった。普段、一歳児、メルちゃん、ぷかぷかするアヒル、象のジョウロ、500mlペットボトル、きらきらするボトルと共に入浴している身としては「風呂が広い」、これだけでかなりテンションが上がる。きらきらするボトルって何?

 

翌日はチェックアウトして厳島神社を参拝。ここでも御朱印帳の列に並んだ。やはりサラサラと、それでいて力強く書かれる「参拝 厳島神社」の筆文字は圧巻で、「わたしも欲しいかも」とちょっぴり思う。御朱印集めしてたら、全国どこでも旅行するのが楽しみになるだろうな。しかしそれよりなにより、書いてくれた神職の男性が、隣の同僚に「今日何日だっけ?」と聞いていたことに、かなり人間味を感じてグッときた。

 

その後、表参道をぶらり。観光地によくあるお箸のお店(観光地って絶対蜂蜜屋とお箸屋あるけど、あれ何で?)で、これまたよくある「名入れサービス」をやっていた。Kに、ペアの箸を買って、自分の名前と京本氏の名前を入れてはいかがか、と提案したが却下された。続けて「こういう名入れサービス、自分の名前要らなくない?推しの名前だけでいい。周りのオタクに聞いてみて」と力説された。周りにこんな強火のオタク他にいたか?と自問する。いない。Kは、オタ活に支障が出る辞令を飲めず、正社員の仕事を辞めたことさえあるのだ。そうそういない、まさに強火の、いや業火のオタクだ。

 

帰りの新幹線、わたしが先に降り、Kは東京まで乗って行く。東京ー広島間は片道4時間かかる。京本大我氏のためならハワイでも南極で木星でも行くだろうが、わたしとの旅行に2日間と安くないお金をかけてくれることには感謝しかない。そして彼女が、わたしの前でもオタクでいることに、わたしは結構感動している。オタクは基本、仲間の前でしかオタクでいないと思っていて、それは単純に「わからん奴とその話しても楽しくない」からだし、不快な思いをすることもあるからだろう。でもKは、わたしの前でも当然のように強火のオタクだ。飽かずに推しとそれを巡る彼女の思考と行動を教えてくれる。それが実際のところの十分の一でも百分の一でも、そんなことは構わない。彼女の大切なものを、分けてもらえることが嬉しい。

 

そんなことを考えながらこれを書いていたら、KからLINEが来て、曰く「推しの舞台が決まった」とのことだった。調べたらこの11月から12月にかけて、東京と大阪、それに広島で公演があるらしい。運と経験値を味方に何枚のチケットを手に入れ、どこに何回行くのか。そして総額いくらかかるのか。他人事ながら胸が熱くなる。彼女の毎日と人生を明るく照らし、同時に口座残高を焼き尽くす業火。自らの発するその消えない火が、彼女をあんまり美しく照らすから、火を持たないわたしの心も少し、焦がされる。