スマホを落とすなら

午後一で子の歯科健診があり、会場の大部屋で順番を待っているところで、スマホがないことに気がついた。うわ、と思う一方で、意外と冷静な自分もいる。たぶん乗ってきたバスの中だろう、と予想がついたからかもしれない。もちろんショックではあるので、子に「ママ、スマホ失くしちゃったかも」と話しかけたが、子は歯科医の待つ部屋の扉を凝視していて反応はなかった。

 

帰途、虫歯なしという結果に安堵しながら、最寄りの停留所でバスを降りる。そこは市役所の分室で、もしかして行きのバス停で落としたなら、ここに届いてたりしないだろうか?そう思って確認することにした。10人ほどがいそうな事務室、目が合った女性に「スマホ落としたみたいなんですけど、届いてませんか?」と聞いてみる。その途端「えー!大変!」「誰か、スマホの落とし物知ってる?」騒然とする事務室。いやいやいや、「ないですね」で終わりだと思っていたのに。いいのに。「あー全然、なければいいんです」とそのまま言うと、最初に声をかけた女性に「電話してみた?」と聞かれる。「してないです、スマホないんで」と答えるしかなく、なんかおちょくってるみたいになって申し訳なかった。

 

そうしたら「ここので電話してみて」とガラケーを渡される。電話ってどうかけるんだっけ、受話器マークは最初?最後?とか思いつつ外に出ると彼女もついてきて、えっ探してくれるの!?まったく想定外の厚待遇を受けて、なんだか恐縮してしまう。スマホを落としただけなのに。これでわたしの鞄から着信音が聞こえたらめっちゃ恥ずかしいなとドキドキしながらコールしたが、結局スマホは見当たらず、わたしはお礼を言ってガラケーを返した。彼女は「見つかるといいんだけど。怖い怖い」と言って事務室の中に戻っていった。

 

スマホを落とすって、怖いのか。

それがずっとピンときていない。ショックではあったけど、怖いとは?

 

そう夫に言ったら、まずは「クレカとかお金が入ってるから、使われちゃうかも」と言われた。そして「個人情報もめちゃくちゃ入ってる」だから怖い、とも。なるほど。なるほどだけど、我々には、6桁のパスワードが!あるじゃないか!!

 

パスワードは?と言ったら夫は「そんなの簡単に破れるじゃん」と言う。大変驚いてどういうことか聞いたら「最初から順に試せば、いつか必ず開くんだから」と言われてまた驚いた。000001から始めて999999までを試していくのを、簡単て言ったのこの人?そう言ったら「000000からだよ」と言われた。そういうことを言ってるんじゃない。

 

そんなことしてたら、日常生活に支障が出るんじゃないか。寝食を忘れてスマホをポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ(これでまだ、2通り)。寝食は忘れなくてもいいけど、なんとなくやめ時も逃しそうだし、普通に朝まで試して後悔して、でもやめられなくてみたいな、普通にスマホあるあるの負のループ。想像しただけで目が悪くなる。

あと他の機種は知らないけれど、iPhoneはパスワードを複数回間違えるとロックがかかり、その後数分は解錠できなくなる。間違えれば間違えるほど、その時間が延びていく。多分100万通りを試す前に、開けようとした誰かの寿命が尽きるのでは?

 

「でも個人情報はお金になるからね」と夫は言う。わたしだって個人情報を入手したがる悪党がいることぐらいは知っている。でもそういう人らってもっと組織的というか、個人情報を入手するルートみたいなものがあるんじゃないのか。わざわざ誰かが落としたスマホを探して徘徊して、せこせことパスワードを入力してなんてことをやっているとは思えない。効率が悪すぎる。「そう思わない?」「でもスマホなんて結局、USBみたいなもんだから。パソコンに繋いだら中身は抜けるんじゃないかなぁ」もしかしてわたしはその悪党と結婚したのか、それとも適当なこと言われて丸め込まれそうになってるのか、どっちですか?

 

自分の個人情報が他人に渡ってると思ったら、怖くない?と聞かれたけど、それは怖い。でもわたしの中で、スマホを落とす=個人情報の流出、という感覚がいまいちよくわからない。あとわたしの個人情報は、とうの昔にベネッセから流出しているので、もうどっちでもいいや、みたいな気持ちもある。

 

そもそも街中で落とし物のスマホを見つけた時、それを「然るべき場所に届ける」と「売り飛ばす」が等距離にある人、そんなに多いのか。わたしはスマホを見つけたら、施設内ならその施設の人間に届けるし、外ならまあ、交番に届けると思う。うーん、よっぽど急いでなければ。でも「売ろう」と思ったことはない。なさすぎる。「そんな人、少ないでしょ」「少なくても、ゼロではない」「でもそれはもう、交通事故とかと同じじゃん」「交通事故は怖いでしょ」「うーん………?」やっぱり丸め込もうとしてないか?

 

フェアじゃないので言うけど、財布なら揺れる気持ちはまだわかる。届けるよ、届けるけど、届けない人がいるのもわかるから、財布を落とすのは怖い。あと免許証とか保険証とか、こっちはノーガード個人情報なのでそれも怖い。でも同じ人間がスマホを拾ったとして、そのスマホを破ってまで個人情報を得ようとするだろうか?そんなめんどくさいことを?と思うのは、わたしがめんどくさがりやだからなのか。

 

一歩も歩み寄れないまま話は終わろうとした、ところでふと聞いてみた。「じゃあ海とかに落とす方がいいってこと?」夫は躊躇いなく「そうだね、それはスマホが壊れるだけだから」。

な〜るほど。前段の「スマホを落とすのは怖いことだ」という感覚はわからないままだけれど、夫の考え方には少し近づいた気がする。わたしは海の方が嫌だ。落とした瞬間に一生返ってこないとわかるそのダメージが、喪失感が、強すぎる。落としたのが人混みなら、誰かに見つけてもらえて、戻ってくると信じられる。現にわたしのスマホはバスの座席に取り残されていたようで、バス会社に連絡したところあっさり出てきた。気づいてくれたのは、次に乗ったお客さんだろうか、運転手さんだろうか。いい人に拾われてよかったね(犬に言うセリフ)。

 

しかし、わたしが怖がろうと怖がるまいと、重要なのはそこではない。スマホには貴重な個人情報がたくさん詰まっていて、それは自分のだけではなく、多くの人のものなのだ。だからわたしは(こう見えても)反省しています。この反省を持続可能なものにするために『スマホを落としただけなのに』を見るべきかもしれない。内容は知らないけれど、「スマホを落としただけなのに」の文言の後にお気楽ハッピーシンデレラストーリーが待っているはずがない。それを見れば「どうせわたしの個人情報なんて、とっくにベネッセが」というナメた気持ちも、北川景子が一撃で叩き直してくれることだろう。

お山、蜂蜜、きんぴらごぼう

2歳のおしゃべりが上達し続けている。ダイソンもびっくりの吸引力で言葉をインプットし、マシンガンのようにアウトプットする。赤ちゃんにはたくさん話しかけて、言葉のシャワーを浴びせよう!的なことは産後よく言われるが、今やこちらがビショ濡れになっている。マシンガンの例えで最後までいこうとしたら、今やこちらが蜂の巣になっている、となって不穏だったからやめた。

 

最近は「朝、パンとコーンフレークどっちがいい?」と聞くと「コーンフレークでお願いしまーす!」と元気に答えてくれる。模範解答すぎて逆に困惑する。日本語の教科書か?わたしと夫の会話から学んだとは思えない、というか夫に朝食の選択権はない。「〇〇でお願いします」そんな言ってる?別にいい、もちろんいいけど困惑はしている。

 

でもまだ発音の方は大人と同じようにはいかないので、こちらが注意深く聞いているからこそ伝わる、というシーンも多い。そして、どんだけ聞いてもわからないシーンもままある。

言っていることが伝わらないとき、子どもはどうなるか?きっと子どもによって千差万別なんだろうけど、うちの子は諦めずに言いたいことを言い募り、最終的にキレるタイプだ。だから子が何か言って、なに?とこちらが聞き返す、それを2往復したあたりからはわたしの中では導火線がバチバチと音を立てながら短くなっていく。何回言っても伝わらないと「なんも言ってなあーい!」と爆発して暴れるから毎度こっちも真剣である。

 

先日、子がニコニコしながら言いたい何かがわたしには「たけのこばこ」としか聞こえず、「たけのこの?さけのこばこ?」とか散々やってもわからず「ちがう!ちがーう!」とキレられて撃沈した。そして半日経った頃また「たけのこばこ」だけを言われる。ヒントが無さすぎる。TOEIC並みの集中力でリスニングしたところ

 

「たけのこばk

 

これどうやら最後は「こ」じゃなくてkそこから遂にたどり着いたのが

 

「車検のコバック」

だった。

その場ではこっちも感動してるので「車検のコバックだったか〜!」と叫んで2歳と熱い抱擁を交わす。そして夜になって「何が?」と冷静になる。

 

奇跡の正解を出すこともある。車検のコバック事件の翌日、お風呂にて「今日アンパンマンを探せで、つみきのこ見つけたの」と言われる。アンパンマンを探せ、と言うのは幼児向けのウォーリーを探せ的な絵本だ。つみきのこ=つみきまんのことだろうと「つみきまん見つけたねー」と言ったら「つみきまんじゃない」と言われた時の緊張感。「つみきまんじゃないの」「ちがう」「もう一回言って」「つみきのこ」バチバチバチバチ頭の中でアンパンマンのキャラクターを総ざらいしようにも、多過ぎて無理。つみきのこ、つみきのこっぽい名前

 

チビケロくん?」「チビケロくん(ニコ)」

 

20231番の好プレーであった。なお後から調べたところ、アンパンマンのキャラクターは現在2,300体以上いるらしい。

 

この競技の難しいところは(競技?)、子どもの記憶に何が引っ掛かるか、大人には予想し得ないところだ。大人で車検のコバックのCMを心に留めているのは、近日車検を受けたい人かはなわ氏のファンだけだ。アンパンマンキャラクターの中から「チビケロくん」だけにフォーカスする人もいない。いないでしょ。知らなかったでしょチビケロくん。オタマジャクシなんだよ。カエルじゃないのかよ、という衝撃。

 

こういう、大人が意識の外に捨てていってるものを、子どもは捨てずに持っていて、忘れた頃に見せてくる。大人にとってはゴミでも、子どもにとっては宝物なんだねっ!とかキラキラしたことは全く思わない。けれど、ああ、大人には必要ないものだけど、ゴミでもないんだな。そう思って感心するし、愛おしい。この子の前には全てが平等だ。現に今日も、お菓子で汚れた自分の手を拭こうとおしりふきを探しながら「おしりふきないねぇ、でもママはいる」と言っていた。ママおしりふきと並列に語られたことって今まで無かったから、本当にびっくりしたよ。

 

結論、2歳のおしゃべりはかわいい。数日前、キッチンで人参を切っていたら「きりんぱろぼ作ってるの」と言われた。派手なキリンのロボットが脳裏を駆け抜けて行った後、思わずニヤニヤしながら「きりんぱロボ?」と聞き返す。その反応で、正しく言えていないことが本人もわかるのだろう、はにかみながら「きりんぱロボじゃない」と言い残してどこかへ行ってしまった。わたしはもうこの先の人生で、これを作るたびにきりんぱロボに言及して、子にウザがられるのだろう。わたしの母も事あるごとに「おまにゃ」「はちむ」の話をしていた。本当に、親ってやつは。それにしてもきりんぱロボ、毎回作った後「なんかすごい量できたな」となるのは何故なのか。食べるからいいけど。

健康の価値も体重も

先週、友人のSさんと電話をした。月一程度のペースで、わたしたちは午後3時から小一時間、電話で話す。そう書くとなんだか重い、義務っぽさがあるが、そうではなくお互い都合のいい時間やタイミングを探していったらこうなった。あと昼顔っぽさもあるけど、Sさんは遠くに住む大事な友人、それ以上の関係はない。昼顔をご存知ない方は周りのアラサー以上の人間に聞いてみてほしい。ご存知の方は「あれがもう9年前!?」とゾッとしてください。

 

電話は、こうして決まった相手とそこそこ頻回にしていても、毎回最初はペースを掴めない。0.5秒差で話し始めてしまって「げん「元気ですか?アッすみません」いや全然、元気です」「それはよかった、わたしも元気です」と立て直した直後に「そっちはお天気どうですか?」「寒いです、そっちは?」「寒いですよ〜今朝「やっぱ寒いんだぁ〜アッごめんなさい!今朝、なんですか?」みたいな天丼をやってしまう。顔が見えないからなのか、でも話していると段々チューニングが合ってきて、同時に話してしまうこともなくなるからよくできている。そうして話は近況報告へと向かう。

 

Sさんは11月に、ご夫婦+3歳児の家族全員でインフルエンザにかかってしまったらしい。わたしは子どもの病気や発熱をほぼ土石流だと思っているので、それを聞いただけでSさん一家が土石流に押し流されてしまったように感じて打ちのめされた。でももう元気だそうで何より。そちらはお変わりないですか?と聞かれたので、一週間まるまる鼻風邪をひいた果てに副鼻腔炎になったことを話した。Sさんは風邪の終わりにいつも鼻水が黄色くなって顔が痛くなると言うので、それは蓄のう症かもしれません、と耳鼻科で聞いたことを受け売った。

 

年が明けたら、用事のついでに我が家に立ち寄ってくれることになっているので、その日のなんとなくの流れも話す。実は去年も同じように会える予定があったのだが、Sさんちの子が直前に発熱、うちに寄ってもらうことはできなかった。絵に描いたような子連れあるある、というわけで今回はリベンジ戦だ。子の体調不良なら仕方がないと諦めもつくが、最近は親の方がなんの前触れもなく風邪をひいたりするから油断ならない。当日に向けて体力作りをしようか、と半ば冗談、半ば本気で言い合う。

 

またわたしの近況として、最近できた友だちと飲みに行って飲み過ぎ、久しぶりに家に帰ってきて吐きました、という話をした。近況として語られるものとして、かなりどうしようもない部類の話だ。それはさておき、この新しくできた友だちというのがなかなか体育会系で、彼女は最近イラっとしたらスクワットをすることにしたらしい。そしたらめっちゃスクワットすることになってさ、痩せるかもー、と笑っていたが、わたしはイライラの発散方法だけでこうも違うものかねと衝撃だった。断言するがわたしは、運動なんてできるだけしたくない。しないで済むなら、しない。イライラしたらチョコ一個食べちゃお〜ぐらいなもんである。わたしとは思考のベクトルがバキバキに逆を向いていていっそ清々しい。その話をSさんにもして同意を得、でも結局健康のためには適度な運動、日々の体力作りが大事なんですよねと遠い目になった。電話なので見えないが、多分Sさんも同じ目をしていたと思う。

 

この「全ての話題が「健康第一」に回収されていく」現象、めっちゃ加齢を感じる。アラサーともなると、みんなそうなのか。いずれそうなるのかな、と漠然と思ってはいたものの、想定より10年ぐらい早い。わたしは今年からQPコーワゴールドを飲み始めたけど、これも想像より全然早かったし全然効かない(やめちまえもう)。これでは20年後の話題として想定されている「親の介護」も、もっとずっと早いのか。こわ。

 

ところでSさんとわたしには、健康のために(我が家は節約のためにも)ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作って食べている、という共通点があるので、いつも風邪や健康の話になると「ヨーグルト食べてます?」「毎日は食べてないかも」「食べてるのにひいた」とも言い合う。でも実は、わたしはかなり長いことヨーグルトが好きじゃなかった。理由は簡単で、ボンドみたいだから。でも妊娠を機に高栄養で低カロリー、ということで食べるようになったら、あら不思議、美味しく食べられるようになった。なかでもナチュレ恵が好きだ。フルグラをかけて食べると美味しい。メジャーな食べ方かと思ったら、意外と人に驚かれ喜ばれるからお試しあれ。そのかわりカロリーも鬼増える。

 

あれ?でも産後、体調はめちゃくちゃ崩しやすくなったな。あれ?

 

あれ!?

元気ですか?

先日スーパーの魚売り場で、丸のままのサバを買い求め、その場で二枚おろしにしてもらった。対面販売というやつだが、わたしは小心者なのでこのシステムを滅多に使わず、普段は切り身の魚ばかり買っている。でもその日は手ごろな切り身がなく、でもそろそろ魚も食べたくて、対面販売の担当者が女性であったことが決め手となって「このサバ一尾ください」と頼むことができた。しかし如何せん慣れていないので、サバを手にした彼女に「どういたしましょう?」と聞かれて適切な答えがわからず、「味噌煮にします」と断言してその場を乗り切った。

 

「ママ、サバを何してもらった」

その日から、うちの2歳が毎日これを言う。語尾が上がらないので気づきにくいが、本人としてはこれは「何してもらった?」という疑問文で、わたしがこう答えるのを待っている。

 

「ママ、サバをさばいてもらった」

 

それを聞いて、子は満足そうに笑い「おもしろいねぇ」と言う。

すごくない!?

わたしは、はっきり衝撃を受けている。

 

きちんと覚えていないけど、二枚おろしを頼んだその場でわたしは子に「何してる」と聞かれて「サバをさばいてもらってる」的なことを答えたのだろう。ダジャレになってるな〜とは思いつつ、そのことは特段口に出さなかった。ダジャレの仕組みとその面白さを説明するのは難しいからなのに、子はウケている。サバをさばいてもらうことに、もう一週間ぐらいウケている。ほんとに、2歳か?

 

果たしてこれは、ダジャレになってることを面白がっているのか、それとも「お店の人に頼んだらお魚を切ってもらえた」ことが面白いのか。後者なら、子どもらしいというか、まだ世界の全てが発見の連続なのだなぁ、と、月並みながら微笑ましい。でも前者だと「もうそこ!?」という驚きが勝つ。なんというか、理解(わか)りすぎてない?

そして追い討ちの「おもしろいねぇ」はなんなんだ。なんでそんなに、端的かつ明確な意見が述べられるんだ。

 

ほんとに2歳か?って思うけど、ほんとに2歳である。だから結局、わたしが思うよりずっと2歳児は賢いってことなんだろう。うちの子が、ではなくて、子どもが賢い。わたしが想像してたよりずっと。そういえば2歳前にウインナーを気に入りすぎて際限なく欲しがるので、「そんなに食べるとウインナーになっちゃうよ」と軽い気持ちで言ったら「やだ」とシクシク泣き出したことがあった。この頃の子は、まだ「ママ」と「いや/やだ」しか言えなかったのに、それを使いこなしていて「え、賢いな!」と思ったのだったし「たまになら大丈夫」とフォローしたんだった。あーかわいい(親バカ)。

 

そんな風に感心しながら、おととい、今シーズン初の鍋。夫のリクエストで鱈の味噌鍋になった。これはサバ味噌を気に入っていた2歳も気にいるだろうと思っていたらこれがまっっったくウケない。鱈も野菜も〆のうどんもほとんど食べずに食パンやキャンディチーズを食べていて、これぞ育児あるある「気にいると思ったものほど食べない」。だからわたしが、食後に満を持して言うつもりだった「鱈をたらふく食べたねぇ!!(キャハハ‼︎)」は、あえなくお蔵入りとなったのだった。

帰りたくなんてないのに

10月半ばの週末、大学時代の友だちと総勢6名で、一泊の弾丸旅行に行った。目的地は杜の都仙台。旅の仲間はAちゃん、Sぴょん、Yちゃん、Mたん、Hちゃんだ。名前だけでも覚えて帰ってくださいね(負担)。そしてこの先、延々と内輪の楽しかった思い出話が続くのでご了承ください。もしあなたが近いうちに仙台に行くなら、仙台駅から松島までの電車は1時間に2本程度しかないことを覚えておかれるとよろしい、これが唯一の有益な情報で、これ以降は読んでも旅行の役には一切立たないことをお約束します。あなたが知っている人も、たぶん伊達政宗松尾芭蕉しか出てこない。あとジェイソンステイサム。

 

大学を卒業して早8年、今や西は愛知で北は青森に暮らし、仕事の休みも家族構成もてんてんばらばらな我々だから、集まるとなったら誰にとっても一仕事だ。各々が予定をこじ開け、分担して宿を比較検討、それと新幹線を予約し、やりたいことを列挙して、どう網羅するかを相談する。現地でのJRの時刻表まで調べ上げる、修学旅行のようなスケジュール管理だ。学生時代にはもっと行き当たりばったりな旅行もしていたのに、年齢を重ねた分だけ律儀に生き急いでいる。そして何より大切なのが、当日、健康でいること。アラサーにはこれが一番難しかったりする。Yちゃんなんて事前に「仕事の都合で、多分寝ないで合流する」と宣言していた。生き急ぐどころか、寿命を削っている。

 

ところで、わたしは当時彼氏だった夫が仙台に暮らしていた期間が5年ほどあり、その遠距離恋愛の間に20回ほどは仙台に足を運んだだろうか。今回の仙台は5年ぶりで、正直、めちゃくちゃエモい。しかし2日間ことあるごとに彼氏との思い出に浸ってたら、これは大変寒くて痛くてキツい。だから防衛省勤務のAちゃんに「わたしがスイートな思い出に浸ってたら銃殺してほしい」と事前に頼んでおいた。でも当日会った彼女に「我々の銃はそんなことのためにあるのではない」と至極真っ当な返事を受けた。日本の国防は安泰だ。

 

東京駅から懐かしのはやぶさに乗り(銃殺!)1時間半。わたしはSぴょんとMたんに、この夏イチオシの映画『MEG モンスターズ2』を激推しし、ジェイソンステイサムが片脚で巨大ザメと戦うシーンと、その状況から入れる保険があるんですか?という話をしていたら着いていた。

 

仙台駅で全員集合し、日本三景、松島へ。冗談のつもりで詠んだ「松島や ああ松島や 松島や」が「流石っす!」とめちゃくちゃ評価された松尾芭蕉の気持ちはいかばかりか、天才はなんて孤独なのだろう、という話をしていたら、着いていた。あまり時間はなかったので、遅めのランチを食べ、少し海岸線をぶらついたらもう時間がなくなり、最後は「撮れ高撮れ高!」と言いながらJR松島海岸駅に駆け込んだ。そして仙台駅からはバスで秋保温泉へ。バスでは隣に座ったHちゃんに、例のメンズと始まったのか問い詰めていたら着いていた。斜め後ろではMたんが、AちゃんにPixivの使い方について質問攻めにしていた。

 

宿はバブリーに広く豪華で、混んでいた。本当に混んでいたらしくチェックインの受付で「夕食は5時と7時の二部制だが、7時がとても混んでいるので5時にしてもらえないか」と打診された。しかし先に汗を流したかった我々はそれを却下。「特別に6時半も選べる」と食い下がられたがそれも却下。どんだけ風呂に浸かりたいのか。そうしてやっとチェックインした部屋は、備え付けのお茶が「とうがらし梅茶」というめちゃくちゃ人を選ぶお茶で笑った。それからみんなで広い温泉に浸かり、わたしは肩凝りに効くかなと打たせ湯に打たれたものの「水遊びなんだが」以上の感想はなく、みんなに「かっこいい」と賞賛(心配)された。

 

果たして7時の夕食会場は激混みだった。わたしはようよう弱くなりゆく胃腸のせいで、ステーキや揚げ物、中華はほとんど食べられなかったが、代わりにライブキッチンで握ってくれるお寿司をたくさん食べた。

食事中、左利きを矯正することの是非について議論。メンバー唯一の左利き、Mたんによると、「箸の持ち方を教えるときに右利きの親が発狂してた」らしいが、それでも今彼女は正しく箸を使っているし、何より左利きはかっこいい。天才っぽい。右利きのことなんて全員馬鹿にしてるんでしょう?と聞いたらMたん、否定していた。矯正は「しなくていい、しない方がいい」という意見で一致し、ついでに「親が発狂しても子は箸を持つ」というアフリカの諺を発明した。

 

夜は「じゃれ本」(リレー小説のような遊び、詳しくはwebへ)に興じつつ「どらぼこ」というかまぼこスイーツを食べた。SぴょんとAちゃんとは日本酒が飲めて嬉しい。これまで、旅行はこの寝る前の時間が一番楽しいと思っていたけれど、ここまでもずっと楽しいので、逆に特筆することがない。日本酒は2本あるうちの、甘めの方を先に飲んだら、後から飲んだ大吟醸が消毒のようだった。Aちゃんは去年の映画から『スラムダンク』にどハマりし、秋には10万字の同人誌まで出したらしい。2万字の卒論に四苦八苦していたあの頃の彼女と、本当に同一人物だろうか。

 

翌日は雨。またバスで仙台に戻る。Yちゃんの職場のヤベェ奴が送ったヤベェメールを見て「こいつ恥ずかしくないんかな」と悪い意味で圧倒されていたら着いていた。仙台駅には気色の悪わたしの好みではないゆるキャラが来ていて、Sぴょんが大喜びで一緒に写真を撮っていて面白かった。ゆるキャラは、ずーしーほっきーというらしい。目が、イっちゃってるんよ。

 

バスで伊達政宗の霊廟である瑞鳳殿に向かい、その派手さにテンションが上がる一方、靴が完全に浸水してわたしのテンションはトントンになる。その後、1人だったら絶対に無視したであろう資料館に入ったら、この展示が大変興味深かった。何代目かの伊達藩主が口腔がんで死んだことや、血液型、大体の顔立ちなんかも、DNA検査等でわかっているらしい。家系図の近くに、「彼らは間違いなく親子関係です」的なことが書かれていて、こんな後世になってそんなことを開示されるなんて、と勝手にドキドキした。「そのうちブルベ/イエベもわかっちゃうのかなあ!?」とキャッキャして、あの瞬間が一番「女子」だったかもしれない。

 

その後はずんだ餅を食べ、アーケードを歩いて仙台駅へ。アーケードは夫ともよく歩いたので、なんて思い出深い銃殺、と思いきや、お店はかなり入れ替わっていたし、それ以上にわたしは濡れに濡れたスニーカーのせいで30メートルに1回は足を滑らせており、転ばないことに必死でスイートメモリーには程遠かった。ようやく辿り着いた仙台駅で、お土産を買うのに一度解散し、わたしはよっぽど靴下を買いに走ろうかと思ったが、萩の月をしこたま買っていたらそんな時間はなかった。ここまで読んでくれた方に感謝の気持ちを込めてお伝えするが、萩の月は化粧箱に入っていない簡易包装のタイプがあり、そっちが安いのでおすすめです。

 

とにかくこの2日間は最高で、わたしはこの仲間で集まるといつも会った瞬間から「最高すぎるからここで解散しよ」「これ以上はない、もう帰ろ」とばかり言っている。あんまり言うので、最近ではわたしの帰りたがりと、Mたんの「最高すぎる、もう死んでるのかも」が、我々の中で伝統芸能の様相を帯びてきた。これからもわたしは帰ろう帰ろう言い続けるし、わたしが参加できないときにも、メンバーの誰かに継いでほしい。

 

帰りの新幹線で、クリスマス会と銘打って年末に集まる会場を探すが、スマホではなく人間の充電が切れて寝てしまう。アラサーだもの。むしろよく頑張った方である。家に着いたのは8時過ぎで、ちょうど夫が子を寝かしつけるところだったが、夫に「お風呂前、子が初めてトイレでおしっこできた」と報告されてショックを受けた。決定的瞬間を見逃したあああ!!あと30分早く、帰ってくればよかった!!!

煮えたぎるような

真夏のピークが、去った。

遅すぎ

と言う他ない。もうこっちは虫の息です。

去年、愛知に引っ越してきて最初の夏、息をすれば気道から肺までを火傷しそうな暑さに私と夫はなす術もなく呆然とした。玄関を開けた途端に「死」がチラつく暑さ。フェーン現象ヒートアイランド現象の悪魔合体が原因らしい。そう知見を得て2度目の夏、暑さへの覚悟はできていた。子のためにアイスリングも買った。だけど夏がこんなに長いって、長いってどういうこった。

 

暑さでわたしの堪忍袋の緒も焼き切れてしまったらしい。この終わらない暑さに対してわたしは極めて短気になっていて、9月後半に入ってからはこの「暑さ」を相手にほとんど毎日キレていた。先月の22日、朝グーグルホームに天気を聞いたら「今日の天気は最高気温32度、晴れです」と言われて、はっきりと舌打ちをしてしまった。それに自分でもびっくりして、だから日付を覚えている。なんなら「クソがよ!!!」ぐらいは言いたかったけど言い慣れていないので咄嗟に口から出てこなかった。言語習得真っ盛りの2歳児と暮らす身としては、それぐらいでちょうどいい。それでなくても子は最近、口にしたものが予想より熱いと「激アツみたい」と言うようになってしまって、これだけで言葉遣いが悪い!とはならないけど、なんとなく「オォ」とは思う。

 

9月は、遠方の友だちが仕事ついでに会いに来たり、家族旅行をしたり、子を夫に任せて友だちと飲みに行った(ら、そのお店がまあ雰囲気もよくご飯もお酒も美味しくなぜかそこで撮ってもらった自分の写真も爆盛れて最高の一夜だった)り、楽しく充実した1カ月だった。だけど思い出そうとすると、全ての思い出は陽炎の向こう。誰と何を話したか?「あ゛つ゛い゛」とばかり言っていた気がする。

先週も、30度超えの日にスーパーの白菜売り場で「鍋、クリーム煮なんてどうですか?」と書かれたポップを見つけて「殺す気かよ」と憤慨したり(白菜は買った)、児童館の先生が知らない誰かに「来週から涼しくなるみたいですよ」と言うのを聞いて「当たり前だろうが、10月だぞ」と脳内で突っ込んだり。こうして書いてみると、自分から体感温度を上げている感じがしてお恥ずかしい限り。でも、私が怒ってるのはスーパーの青果担当者でも児童館の先生でもなく「暑さ」に対してであることはご理解いただきたい。そっちの方がやばいかもしれないけど。とにかく日増しに暑さへの憎悪を募らせていた。春は変質者が増えると言うけど、夏は「キレる人」が増えたりしてるんじゃないか。私も実質、その一員のような気がする。

だから10月に入った途端にこんなに涼しくて、ちょっと信じられない。騙されないぞという気持ちだけど、これでまた30度を超えるようならこの土地にはもう住めない。誰も。県ごと更地に戻してバナナでも栽培しよう。

 

そして今週、やっと夏物衣料を洗濯して、衣替えをしようとしたら秋にふさわしい服が全然なくて愕然とした。去年も愕然とした覚えがあるし、多分来年も愕然とするのだろう。気候でさえこうして変動しているのに、わたしときたら、不動すぎる。いっそ清々しい。秋の空みたいに?なんて思ってグーグルホームに明日の天気を聞いたら「明日の天気は最高気温24度、雨のち曇りです」と言われた。どんよりしてんのかい。

好きだ大好きだそれだけだ

「ブログとか、やってみるのはどうですか?」友人のSさんにそう言われたのは約2年前のこと。お互いの子を夫に預け、リフレッシュしようと落ち合った市内唯一のスタバ。わたしは期間限定の、Sさんは赤くて酸っぱそうで、わたしが絶対に頼まないタイプのビバレッジを飲んでいた。Sさんはこうも言った。「書いたものを誰かに読んでもらいたいと思うこと、ないですか?」わたしより少し背が高く、フレームの細い丸眼鏡をかけていて、いつも爪を綺麗に塗っているSさん。秋の夜長、暖色の間接照明に照らされるスタバの店内。わたしの生活においては極めて絵になる一場面だった。にもかかわらず、わたしはちょっと考えて「ないですね」と答えたのだった。完。

 

そんな「つまんねー女」ことわたしだったが、その3カ月後にひっそりとブログを始めた。少し前に夫の育休が終了して年が明け、いよいよ日中は6カ月の子と2人きりの生活を始めたばかりだった。

 

その頃の生活は単調で、昼間の子のお世話といえば授乳、少々の離乳食、おむつ替え、抱っこ抱っこ抱っこ抱っこDAKKO。一緒に遊ぶというよりは、子が遊ぶのを横で見ている、が正しい。できるだけ散歩に行くけれど、寒いのですぐに帰ってきがち。まだ会話はできない。日々めくるめく成長、という感じでもない。子はほどほどに寝るタイプだったので、その間に少々の家事。「少々の」で片付けられる程度の家事しかしていなかったので、コーヒー牛乳を飲んだり、スマホを眺める時間もあった。終日ワンオペで自分の時間が一切ないとか、全く眠れなくてフラフラだとか、そういうことはなかった。ただただ単調、ド単調だった。悲愴なほどに(それはハ短調)。

 

日付の感覚も消滅しており「時間、止まってる?」と思うこともしばしばだった。この日付感覚のなさは、それ以前にもあった「あれ今日って9日?10日?」どころの話ではなく、「今月もう15日!?まだ9日ぐらいかと思ってた」レベルの話なので我ながら引くし、さらに悲しいのが、それでも自分の生活にはなにも支障がない、ということだった。せいぜい、まだ余裕があると思っていた豆腐の賞味期限が今日でした、とかその程度だ。その変わり映えのなさと、冬の日照時間の短さと、産後のホルモンバランスが、少しずつわたしの心を磨耗させた。わたしは前に進めている?

 

そこで。

時が進んでいることを実感したくて、

今日も生きたし生かした、ことを「進んだ」のだと思いたくて。

始めたのが、このブログだった。

タイトルは当時見た夢から取った。坂上忍と、海とナポリタンではどちらが美しいか、という話をする夢。何それ?

 

そういう動機で始めたから、特に誰にも読まれなくて良かった。開設したことは誰にも言わなかったし、読み返すこともしなかった。ただ、日々にタイムスタンプを押すことが重要だった。この日とこの日、似ているけどほら、日付が違いますよね。だから別の日です、時間は進んでいますよ、と。手塚治虫の漫画で、どこかに閉じ込められた人間が、発狂しないために時間の経過を記録する描写が出てきた気がするけど、あれはマジ。

 

やがて春になり、私たち家族は県外へ引っ越した。新生活のドタバタに揉まれているうちに春が過ぎ、子が一歳になり、煮えたぎるような当地の夏を過ごす。秋が来て、もう熱中症に怯えずに済む!とあちこち出かけるうちに交流が生まれて知り合いが増え、冬にはそのうちの数人を友だちと呼べるまでになった。そして、何よりも子の加速度的な成長が、わたしに時間の経過を教えてくれるようになった。その一方、ブログの更新は完全に滞った。

 

去年、Sさんの誕生日をLINEでお祝いした時に「実はブログをやっています」と打ち明けた。きっかけをくれたSさんにだけはいつか言わなくては、と謎の義務感を持っていたのである。するとSさんは、日常に楽しみが増えて嬉しい、と言ってくれた。そこではじめてわたしは「だったら、書こうかな」という気持ちになった。

 

そこから、なんとなく他の友だちにもブログのことを話すようになった。みんな「読んだよ!おもしろかった」「更新楽しみにしてる!」など褒め上手なので、チョロいわたしは一層、また書こう!と思う。「おもしろかった!ところで、投資に興味ない?」と言い出す友だちがいなくて助かった。その流れなら仮想通貨でも情報商材でも、言い値で買ってしまったかもしれない。

 

友だちにウケたい、という俗物極まるモチベーションで書いていると不思議なもので、アクセス数が増え、スターをくれたり、読者登録してくださる方まで現れた。自分のためだけに書いているより、人に見られると思って書いたもののほうがウケるんだ。当然といえば当然だが、これは新鮮な驚きだった。始めた頃と今とで、わたしという人間は変わらないし、経験することにもそんなに振れ幅はないし、考え方も基本的には変わらない、つもりだ。でも「見てくれる人がいる」と思うだけで、こんなに変わるのか。わたしの友だち、という激狭の範囲にウケようとして書いたものでも、不特定多数の人に面白いと思ってもらえるんだ。

 

嬉しい。

わたしは、書くことも、読んでもらうことも、好きなんだ。

 

本当は恥ずかしいから、好きなのかもしれない、ぐらいの表現に留めたい。でも「なぜブログを書くのか?」このお題を見た時、スタバでのSさんの問いかけと重なって、だからはぐらかさずに答えたいと思った。

 

わたしは書くことも、読んでもらうことも好きだから、ブログを書いています。「おもしれー女」と思ってもらえたら、恥ずかしながらとても嬉しい。