酒よ、人の望みの喜びよ

少し前、友だち一家と宅飲みをした。当時我が家は「なんか知らんけど酒がめっちゃあって捌ききれない」状態になっており、事態を聞きつけた友だちが、彼女の夫と2人の子どもを連れてこれを消費しに来てくれることになったのだ。子らはまだ小さく夜だと勝手が悪いので、昼飲みだ。先に近所のスーパーで買い出しをして、狭いキッチンにわらわら人が出入りして、まだテーブルの準備はできないけどもういいや、と立ったままカウンターで乾杯する。もう最高。外は晴れ、窓を開けていて風が心地よかった。ここで賢明なる読者諸兄なら、これが「少し前」どころではないことがおわかりだろう。

 

お酒が好きだ。

大学生の時にカシスオレンジとカルーアミルクから入門して、お酒って思ったよりずっとジュースじゃん、と気づいて衝撃を受けた。居酒屋のカクテルは薄いなあ、と若造なりに思うようになってからは、せめてもの抵抗で梅酒やら杏露酒をロックで飲むようになった。寒い日には梅酒のお湯割り。チェーンじゃない居酒屋に行くと蜂蜜ゆず酒やらあらごしもも酒やらが飲めて嬉しい。普通に暮らしているだけでカロリーに勝っていた、あの頃の代謝はもう帰らない。

お酒好きな友達が増えると共にワインと日本酒も飲むようになった。日本酒を飲むたびに「やっぱ日本人は米だよねぇ」とのたまう、死ぬほどダルい酒飲みの誕生である。ビールは長らくそんなに好きじゃなかったのに、社会人になった途端に飲めるようになった。ストレス社会は人を酒に溺れさせる。これはわたしだけの問題じゃないんだぞ。

 

そんなこんなで、メジャーなお酒では焼酎とウイスキー以外なら大体好きだと自己分析している。お酒も好きだし、飲み会も好き。出会い、別れ、久しぶりの再会、あらゆる季節のイベントやお祝いごとにかこつけて、お酒を飲みたい。旅行先ではいつでもどこでも、寝る前の飲酒タイムが一番楽しい。あとアラサーともなると、「飲まなきゃやってらんねぇ時」が、自分にも周囲にも多々ある。最近だと、一緒にランチをした友だちが「夫に物件探しを任せていたら家賃月25万円の事故物件に住むことになった」と頭を抱えていたが、こういう時である。本人は今「卵をあまり買わない」ことで節約をしているらしいが、あまりにも焼け石に水すぎる。彼女とわたしと、もう一人の友だちで言い合った。「その話するには酒が足りない」。

 

そんな人間なので、子を授かった時は大変だった。妊娠したらお酒飲みたい欲が無くなった、という話は割と聞くし、友達にもいた。それならそんなに辛くないと思っていたのに、わたしは妊娠発覚から卒乳までの18ヶ月、絶えずバッチバチに酒を欲していた。なんなら妊娠中も授乳中も、平時よりさらに「飲まなきゃやってらんねぇよ」という心境になっていたのに、その道が塞がっていて、より大きなストレスを生み出していた。コロナ禍で店先に設置されるようになったアルコール消毒液を、もう少しでゴクゴク飲み出すところだった。実行せず耐えたから警察にも、警察病院にもお世話にならずに済んでいる。

 

子が卒乳してお酒を解禁した時、滅多に更新しないインスタのストーリーに「酒解禁しました!!!!」と投稿したら過去一でイイねがついた。元職場の上司から、卒業後会っていない高校の時のクラスメイトまで「おめでとう!」とコメントをくれたりして、どちらも一緒に飲んだことはないのに、わたしはそんなに酒好きのオーラが滲み出ているだろうか。その夜はリハビリと称して350ml缶のビールを夫と2人で飲んで終わり、にするつもりが、気づいたら500ml缶も出してきてこっちは1人で空けてしまった。冒頭「なんか知らんけど酒がめっちゃある」と書いたけど、何のことはない、わたしのことをよく知る周囲が何かにつけて「アイツには酒なら間違いない」という正解を出してきた、その結果である。最近は実家の親まで、理由なくふるさと納税の返礼品の日本酒を送ってくるようになった。やっぱ日本人は米だよねぇ(だっっる!)

 

夫はあまり酒を飲まないので、わたしと一緒に2年間、コロナ禍も相まってほとんど酒を飲まなかった。それが別に苦でも何でもないらしい。もし2人目を考えるなら、次は夫に産んでほしいものである。わたしときたら、卒乳直後は「もう飲めるのに酒のストックがない」状況に耐えられず、料理用に置いていた、売り場で一番安いペットボトルのワインを、夜な夜な飲んでいたというのに。

 

その後は悠々自適なアルコールライフを取り戻し、心穏やかに酒を飲んでいる。めでたい日には夫と乾杯したり、カルディで安くなってるお洒落なラベルのワインを買ったり。なかなか外では飲めないが、リモート飲みで友達とワイワイすることもある。妊娠出産を経てお酒に弱くなる、という女性も割と多いように感じるが、自分には当てはまらなくてヨカッタヨカッタ。

 

そう思っていたら、件の友だち一家との宅飲みで私は鮮やかに泥酔した。宴もたけなわ、わたしが「じゃーそろそろ精算しちゃおっか」と言った時だ。言った途端、向かいにいた友だちが固まった。あれ?と思う間もなく夫が「今したばっかじゃん。やば。」と言うから、わたしはもうゾッとして、友だちは笑ってくれたけど、彼女の旦那さんの顔を見ることができなかった。

 

やっぱり酒弱くなってた、それだけならいいが、それ以前に「これまでも別に、酒強くなかったんじゃない?」という可能性が頭から離れない。思えば数々の酒の席、「楽しかったな」という記憶はあっても、何を話したかは覚えてないことも多い気がする。「記憶を無くしたことはない」のではなくて、「記憶を無くしていることに気づいていない」だけなのではないか。わたしが酒に強いんじゃなく、周囲が優しかっただけ。この十余年、ずっと。ウワアアアア!!!!飲まなきゃ!!やってられない!

 

これを書きながら『星の王子さま』に出てきた酒飲みを思い出す。王子さまにどうしてお酒を飲むのか問われた酒飲みは、「酒を飲むのが恥ずかしいから、それを忘れたい」と答えていた気がする。完全に今のわたしである。完全一致すぎて、わたしがモデルなのかと思うけど、実際にはそういう人がたくさんいるんだろう。同じ星に暮らす酒飲みのみなさん、お互い、強く生きましょうね。肝臓のことは、目に見えないんだよ。