傷付く度増える

ピアスを片方失くしたので、ピアスホールを増やした。

 

 

意味がわかると怖い話?

 

 

そんなつもりはないけれど、事実としてそういうことになった。長年わたしの両耳にはお行儀良く一つずつのピアスホールが開いていたが、最近左のそれを一つ増やしたのである。

 

事の発端は、大事に大事に大事に大事にしていた、いや訂正、大事な大事な大事な大事なピアスを片方、失くしたことだった。その日は友だち数人が当地に遊びに来ていて、そのうちの一人を先に空港に見送りに行った。その後ノリタケの森に移動して、美しの陶磁器を鑑賞したり、「これ実家にあった」とか「結局シンプルなのが1番使いやすい」とか身も蓋もない感想を述べたりした。その後隣のイオンに移動して、友だちは味噌煮込みうどんを、わたしは地元高校生との共同開発メニューを注文した、ところで気づいた。なんとなく右耳を触ったら、そこにあるはずの感触がない。

 

「ピアス失くした

と呟くわたしに友だち2人がまず感嘆詞、続いて気遣いの声をかける。先に食べてて、と言い残してわたしは来た道を戻る。地べたを睨みながらイオンを抜け、ノリタケミュージアムショップを通過し、ノリタケミュージアムまで戻る。受付のお姉さんはワンオペでチケットを売り捌きつつ、電話も鳴っている。ここでは問い合わせることを一旦諦め、もと来た道を引き返す。1センチにも満たない落とし物を目視で探すには、イオンは余りにも広大だ。

 

うどん屋さんに戻ると、2人が「見つかった?」と聞いてくれる。「なかった」とションボリするわたしに、お家にあるかも、キャベツさんに連絡してみたら?とまた気遣ってくれる(ひどいノイズだし余談だが、わたしの夫は一部の友人にキャベツさんと呼ばれている)。そうする、と言ったところで友だちの味噌煮込みうどんが到着。お店の人が土鍋の蓋を取ったら中身がめちゃくちゃ煮えたぎっていたもんだから、完全に虚をつかれて爆笑してしまった。名古屋限定の地獄?

 

そのあと友だちがお土産を見ている間に3度目のミュージアムにとって返し、ワンオペお姉さんに事の次第を伝えて連絡先を託した。名古屋駅まで行ったところで交番に遺失物届も出したし、後日イオンと空港、友だちに乗せてもらったレンタカー会社にも問い合わせた。

でも見つからなかった。

そしてそうなるであろうことは、紛失に気づいた時から薄々わかっていた。経験上ピアスを落としたら、その場で気づくか、永遠に失われるかのどちらかだ。それでも一縷の望みに賭けて方々に電話をかけたのは、やるだけのことはやった、と納得したかったからだ。

 

件のピアスはちょうど10年前の誕生日に、キャベツこと夫に初めてもらった誕生日プレゼントだった。その年の春限定商品だったから、もう手に入れることは難しいだろう。奇しくもこの日はわたしの誕生日の前前前日で、あと3日で丸10年を迎えられるピアスだったのにメソメソ。

 

とは言いつつ、実際にはそんなにメソメソしていない。というか、そうなるのが嫌で手を尽くして捜索したんだし。あとわたしは「大切なものを失くしたときは、なにか良くないことから守ってくれた」説を信じてもいるし。ただ残された片割れをお蔵入りにするのがどうしても惜しくてやるせなかった。水色の石にとまった銀色の蝶は繊細な作りで、だからこそ他のピアスとペアにして使うにはちょっと浮く。そこで思い至った。これを付けとく為の穴を開けたらいいのでは?タイミングよく、今年の誕生日プレゼントは(夫に散々催促されているのに)まだリクエストしていない。

 

「ねぇ、今年のプレゼント、ピアス開けてほしい」

 

夫がギョッとしたように「どういう意味?」と聞いてきたからすぐさま「いやどっかで開けてくるから、お金出して欲しい」と言い直した。ああ了解、と見るからにホッとした夫に「物理的に開けてほしいって頼んだらどうする?」と聞いたら「頑張ります」と答えたから意外だった。断固拒否するかと思ったのに。誕生日プレゼントにピアスホール開けてもらうって、なんかNANAっぽくてちょっとJK心がときめく(NANAにそんなシーンはない)。

 

そこからは早かった。数日後、家族でららぽーとに向かう車中で近所の皮膚科に電話をかけ、「ピアスの穴あけやってますか?やってる?おいくらですか?2,200円、ピアス持ち込み」等々やりとりをして、到着したららぽーとで、わたしの友だちにはいないタイプのおチャラい男性からサージカルステンレスのピアスを購入し、帰りに皮膚科に寄ってもらって開けた。白衣の医師と看護師さんに見守られ、ベッドに寝かされ、麻酔を打たれてからニードルで開通、最後に買ったばかりのピアスを付けてもらった。1ヶ月は毎日塗るようにと言われて出された薬、2回しか塗っていないけれど、わたしは元気です。

 

それにしてもわたしは、皮膚科でピアスを開けたらこんなに厚待遇なのかと驚いた。元々両耳に開いていたピアスホールは、高校卒業直後に渋谷の雑居ビルで、全身ボディピアスとタトゥーに溢れた長髪パーマ男性に開けてもらったものだ。一緒に行った友だちが調べて選んだお店だったからわたしは全く予習せず行って、その雰囲気にビビり散らかし、根拠なく「殺される」と思った。殺されはしなかったがピアスホールは麻酔無しで開けられて、消毒ももちろんなかった。野戦病院だってもうちょっと手厚いと思う。

その上、先に開けた友だちが「(思ったより)全然痛くなかったよ♪」と言ったのを、愚かなわたしは「無痛なんだ!」と曲解し、直後に右耳を襲った激痛に失禁しかけた。失神じゃなくて失禁。失禁しかかっていたので、左耳の痛みは記憶にない。

 

そういう経緯があるから、最近は友だちと話す機会があるごとに「ピアス開けるなら皮膚科がおすすめ、麻酔するから全然痛くないよ!」と吹聴している。が、みんなどちらかというと渋谷の雑居ビルの話に引いている。当たり前だ。そしてみんなもうアラサーなので、「ピアス開けたいけど勇気が出なくて」みたいなフェーズはとうに過ぎているから、今開いてない子は、今後もそうそう開けないだろう。かく言うわたしも長年「軟骨もピアス開けたぁい」と言い続けている、だけで開けていない。

 

そんなわけでわたしの左耳には今、常にピアスが光っている。これがなかなか気分のいいもので、お風呂前に全裸になった時でも、寝る直前に歯磨きをする時も、左耳に銀色が瞬くのを認めて気分が上がる。もう開通してから1ヶ月以上経つので、外してもいいことになっているけれど、なんとなくそのままにしていて、外出時だけ付け替える。左耳に、銀蝶々。