くぅちゃんの食生活

たいてい土曜日に、家族揃って買い出しに出かける。午前中から行くこともあれば、夕方、子がお昼寝から起きてから行くこともある。マツキヨで日用品、その後スーパーで食料品。時間があればスーパーと同じモールに入った無印良品を冷やかす。その無印は冷凍食品もあるし、本もあるし、なぜか時々朝採れミニトマトもある。他県の無印良品で長年バイトをしている義弟によれば、これは数ある無印の中でもトップクラスの品揃え、選ばれし無印らしい。それがなぜ、こんなド住宅街のど真ん中に?と思うけれども、何にせよありがたい話だ。無印はブラブラするだけで楽しい。カレーの棚だけで半日潰せる(言い過ぎ)。

 

その無印の下の階に、我が家の食生活の95%を担うスーパーがある。いつも混んでいて買い物に時間がかかるけど、活気があって良い。ひっきりなしに店内放送でお買い得情報がアナウンスされ、それとは別に野菜売り場、魚売り場のお兄さんが地声でおすすめ商品を連呼している、そういうタイプのスーパーだ。とにかくファミリー層に振った品揃えで、何もかもが大容量で売られている。りんごは6個入り、人参は7本入り、ジャガイモは10個入り、ミニトマトに至ってはこれ40個ぐらい入ってない?といった具合に。しかも恐ろしいことにうちはそのミニトマトを買うし、一週間で食べ切る。3人家族でよ!?書いてて怖くなってきた。野菜はいいとしても、個人的にはお刺身の少量パックが欲しい。少しずつ何種類か食べたいのに、小学生の筆箱みたいなサイズの柵しか売ってない。単身世帯の近隣住民はこの大盤振る舞いをどう考えているのか。

 

この豪快なスーパーで先週末、わたしがカットトマト缶を手に取ったとき、忘れられない出来事があった。トマト缶が余ったときは、ジップロックに密封して平らにして冷凍しよう!そうすると次回から、使いたい分を手で折って使えます♪(突然のライフハック

 

「青果コーナーよりご案内です、」と店内放送が入った。男性の、元気ハツラツというよりは、ちょっと落ち着いたトーンの声。くたびれ感が滲んでいる、とも言える。こんなに混んでるスーパーの、もう夕方の5時だもんね、そりゃ疲れるよねと一抹の同情を感じながら耳を傾ける。「タイムセールで苺1パック348円以下」とかだったら夫を派遣しようと思っていた、ところがアナウンスは、思いもかけない方向へと進む。

「本日、最寄り駅前の文化センターにて、倖田來未さんがライブをしているということであります」。

 

は??????????????

なんだ、どうした。思考は一気にそっちへ持っていかれる。なぜファミリー向けスーパーの青果担当者が、くぅちゃんのライブ情報を。書面だったら二度見するが、音声情報なのでそれができない。駅が混みすぎて機能停止したのか、パニックでも起きたのか。でもここは駅でのトラブルに言及するほど駅近ではない。それとも倖田來未にちなんで何かがセールになるのか。倖田來未にちなんで安くなりそうなものって、何?一瞬でいろいろな可能性が脳内を横切っていく。周りも耳をそばだてている、気がする。

 

かつてない集中力で皆が店内放送に耳を傾ける中、青果担当者は続けたー

倖田來未さんが、カットフルーツをお好きかどうか、わかりませんけれども」

「本日、カットフルーツがお買い得です」

ーわたしが言葉を失っている間に、夫はバッサリ「上手くないね」と言った。

 

夫の意見に異論はないが、咄嗟に口から出たのは「上手くないけどさ、そういう…一言添えようとしてくれる気持ちが嬉しいじゃん」だった。夫は素直に「たしかに」と納得し、それ以上に自分が「たしかに」と思った。

この「たしかに感」はなんだろう?紐解くと、つまりこれが「サービス」というものなのでは、と思い至る。例えるなら東海道新幹線で時々教えてもらえる「富士山が綺麗に見えています」みたいな。なくていいけど、あったらちょっと嬉しい。またこの青果担当者のひとひねりは「カットフルーツを売ってやろう」「上手いこと言ってやろう」という気負いがなく「ちょっと何か付け足してみよっかな」ぐらいのラフさだった。ウケたい、という圧があんまりなかったのが良かったのかもしれない。これで実はめちゃくちゃウケ狙いだったら申し訳ない。

 

さて件のカットフルーツを通りすがりに見たら、ハンドタオルぐらいある透明パッケージにパインが敷き詰められ、その上にブドウやらイチゴやらがピザの要領で配置されていた。3つ4つ買えばビジネスホテルの朝食バイキングになり得る規模だ。一体誰がこれを、と思うけど、これだって当然売れると見込まれて販売されているわけで。ということは、我が家は世間と比べてフルーツ消費量が極端に少ないのだろうか。そもそも大きさ以前にわたしの中では、カットフルーツが「安いから買っとく?」に結びつかない。とにかくこれはうちでは買えないよ、元あった場所に戻してきなさい。

だからそのアナウンスを聞いてカットフルーツを購入した客がいたのか、正直なところ疑問だ。でもうちみたいに、なに今の放送、変なの(笑)と、心を動かされた客は多いんじゃないか。これから帰ってバタバタ夜ご飯作る前に、その一瞬があったなら、それって結構価値あるサービスだったんじゃなかろうか。面白いかどうかはさておき(あんま言うなって)。しかも今気づいたけど、わたしは今後その店の店内放送を結構真剣に聞いてしまうと思う。ちくしょう!まんまと!

 

ところで、最寄り駅は別にターミナルでも何でもないから、「本当にここにくぅちゃんが?」と思って調べたら、本当だった。週末も駅前のホテルとかに泊まってたんだろうか。そう思うとちょっとドキドキする。それとも、遠くてももっとラグジュアリーなホテルに泊まるのかな。朝食バイキングとか、行くのかな。朝日の差し込む朝食会場の広いテーブルで、カットフルーツを食べる倖田來未、とても画になりそう。偏見だけどパインとか好きそう。でもそんな風にいきなり倖田來未が現れたら、それこそパニックが起きちゃうかもしれない。そんなときはぜひうちの最寄りのスーパーでメガ盛りのカットフルーツをお買い求めくださいーそういう需要に応える、あの店の、あのサイズなんだろうか。