帰りたくなんてないのに

10月半ばの週末、大学時代の友だちと総勢6名で、一泊の弾丸旅行に行った。目的地は杜の都仙台。旅の仲間はAちゃん、Sぴょん、Yちゃん、Mたん、Hちゃんだ。名前だけでも覚えて帰ってくださいね(負担)。そしてこの先、延々と内輪の楽しかった思い出話が続くのでご了承ください。もしあなたが近いうちに仙台に行くなら、仙台駅から松島までの電車は1時間に2本程度しかないことを覚えておかれるとよろしい、これが唯一の有益な情報で、これ以降は読んでも旅行の役には一切立たないことをお約束します。あなたが知っている人も、たぶん伊達政宗松尾芭蕉しか出てこない。あとジェイソンステイサム。

 

大学を卒業して早8年、今や西は愛知で北は青森に暮らし、仕事の休みも家族構成もてんてんばらばらな我々だから、集まるとなったら誰にとっても一仕事だ。各々が予定をこじ開け、分担して宿を比較検討、それと新幹線を予約し、やりたいことを列挙して、どう網羅するかを相談する。現地でのJRの時刻表まで調べ上げる、修学旅行のようなスケジュール管理だ。学生時代にはもっと行き当たりばったりな旅行もしていたのに、年齢を重ねた分だけ律儀に生き急いでいる。そして何より大切なのが、当日、健康でいること。アラサーにはこれが一番難しかったりする。Yちゃんなんて事前に「仕事の都合で、多分寝ないで合流する」と宣言していた。生き急ぐどころか、寿命を削っている。

 

ところで、わたしは当時彼氏だった夫が仙台に暮らしていた期間が5年ほどあり、その遠距離恋愛の間に20回ほどは仙台に足を運んだだろうか。今回の仙台は5年ぶりで、正直、めちゃくちゃエモい。しかし2日間ことあるごとに彼氏との思い出に浸ってたら、これは大変寒くて痛くてキツい。だから防衛省勤務のAちゃんに「わたしがスイートな思い出に浸ってたら銃殺してほしい」と事前に頼んでおいた。でも当日会った彼女に「我々の銃はそんなことのためにあるのではない」と至極真っ当な返事を受けた。日本の国防は安泰だ。

 

東京駅から懐かしのはやぶさに乗り(銃殺!)1時間半。わたしはSぴょんとMたんに、この夏イチオシの映画『MEG モンスターズ2』を激推しし、ジェイソンステイサムが片脚で巨大ザメと戦うシーンと、その状況から入れる保険があるんですか?という話をしていたら着いていた。

 

仙台駅で全員集合し、日本三景、松島へ。冗談のつもりで詠んだ「松島や ああ松島や 松島や」が「流石っす!」とめちゃくちゃ評価された松尾芭蕉の気持ちはいかばかりか、天才はなんて孤独なのだろう、という話をしていたら、着いていた。あまり時間はなかったので、遅めのランチを食べ、少し海岸線をぶらついたらもう時間がなくなり、最後は「撮れ高撮れ高!」と言いながらJR松島海岸駅に駆け込んだ。そして仙台駅からはバスで秋保温泉へ。バスでは隣に座ったHちゃんに、例のメンズと始まったのか問い詰めていたら着いていた。斜め後ろではMたんが、AちゃんにPixivの使い方について質問攻めにしていた。

 

宿はバブリーに広く豪華で、混んでいた。本当に混んでいたらしくチェックインの受付で「夕食は5時と7時の二部制だが、7時がとても混んでいるので5時にしてもらえないか」と打診された。しかし先に汗を流したかった我々はそれを却下。「特別に6時半も選べる」と食い下がられたがそれも却下。どんだけ風呂に浸かりたいのか。そうしてやっとチェックインした部屋は、備え付けのお茶が「とうがらし梅茶」というめちゃくちゃ人を選ぶお茶で笑った。それからみんなで広い温泉に浸かり、わたしは肩凝りに効くかなと打たせ湯に打たれたものの「水遊びなんだが」以上の感想はなく、みんなに「かっこいい」と賞賛(心配)された。

 

果たして7時の夕食会場は激混みだった。わたしはようよう弱くなりゆく胃腸のせいで、ステーキや揚げ物、中華はほとんど食べられなかったが、代わりにライブキッチンで握ってくれるお寿司をたくさん食べた。

食事中、左利きを矯正することの是非について議論。メンバー唯一の左利き、Mたんによると、「箸の持ち方を教えるときに右利きの親が発狂してた」らしいが、それでも今彼女は正しく箸を使っているし、何より左利きはかっこいい。天才っぽい。右利きのことなんて全員馬鹿にしてるんでしょう?と聞いたらMたん、否定していた。矯正は「しなくていい、しない方がいい」という意見で一致し、ついでに「親が発狂しても子は箸を持つ」というアフリカの諺を発明した。

 

夜は「じゃれ本」(リレー小説のような遊び、詳しくはwebへ)に興じつつ「どらぼこ」というかまぼこスイーツを食べた。SぴょんとAちゃんとは日本酒が飲めて嬉しい。これまで、旅行はこの寝る前の時間が一番楽しいと思っていたけれど、ここまでもずっと楽しいので、逆に特筆することがない。日本酒は2本あるうちの、甘めの方を先に飲んだら、後から飲んだ大吟醸が消毒のようだった。Aちゃんは去年の映画から『スラムダンク』にどハマりし、秋には10万字の同人誌まで出したらしい。2万字の卒論に四苦八苦していたあの頃の彼女と、本当に同一人物だろうか。

 

翌日は雨。またバスで仙台に戻る。Yちゃんの職場のヤベェ奴が送ったヤベェメールを見て「こいつ恥ずかしくないんかな」と悪い意味で圧倒されていたら着いていた。仙台駅には気色の悪わたしの好みではないゆるキャラが来ていて、Sぴょんが大喜びで一緒に写真を撮っていて面白かった。ゆるキャラは、ずーしーほっきーというらしい。目が、イっちゃってるんよ。

 

バスで伊達政宗の霊廟である瑞鳳殿に向かい、その派手さにテンションが上がる一方、靴が完全に浸水してわたしのテンションはトントンになる。その後、1人だったら絶対に無視したであろう資料館に入ったら、この展示が大変興味深かった。何代目かの伊達藩主が口腔がんで死んだことや、血液型、大体の顔立ちなんかも、DNA検査等でわかっているらしい。家系図の近くに、「彼らは間違いなく親子関係です」的なことが書かれていて、こんな後世になってそんなことを開示されるなんて、と勝手にドキドキした。「そのうちブルベ/イエベもわかっちゃうのかなあ!?」とキャッキャして、あの瞬間が一番「女子」だったかもしれない。

 

その後はずんだ餅を食べ、アーケードを歩いて仙台駅へ。アーケードは夫ともよく歩いたので、なんて思い出深い銃殺、と思いきや、お店はかなり入れ替わっていたし、それ以上にわたしは濡れに濡れたスニーカーのせいで30メートルに1回は足を滑らせており、転ばないことに必死でスイートメモリーには程遠かった。ようやく辿り着いた仙台駅で、お土産を買うのに一度解散し、わたしはよっぽど靴下を買いに走ろうかと思ったが、萩の月をしこたま買っていたらそんな時間はなかった。ここまで読んでくれた方に感謝の気持ちを込めてお伝えするが、萩の月は化粧箱に入っていない簡易包装のタイプがあり、そっちが安いのでおすすめです。

 

とにかくこの2日間は最高で、わたしはこの仲間で集まるといつも会った瞬間から「最高すぎるからここで解散しよ」「これ以上はない、もう帰ろ」とばかり言っている。あんまり言うので、最近ではわたしの帰りたがりと、Mたんの「最高すぎる、もう死んでるのかも」が、我々の中で伝統芸能の様相を帯びてきた。これからもわたしは帰ろう帰ろう言い続けるし、わたしが参加できないときにも、メンバーの誰かに継いでほしい。

 

帰りの新幹線で、クリスマス会と銘打って年末に集まる会場を探すが、スマホではなく人間の充電が切れて寝てしまう。アラサーだもの。むしろよく頑張った方である。家に着いたのは8時過ぎで、ちょうど夫が子を寝かしつけるところだったが、夫に「お風呂前、子が初めてトイレでおしっこできた」と報告されてショックを受けた。決定的瞬間を見逃したあああ!!あと30分早く、帰ってくればよかった!!!